2001年1月31日、駿河湾上空で、日本航空の907便と958便が異常に接近しました。衝突は避けられましたが、907便では急激な回避操作に伴って機体が揺れ、乗客と客室乗務員の計100人が負傷しました。
この事故の大きなポイントは、2機を離すための指示が、結果として両機を同じ降下方向へ動かしてしまったことです。便名の取り違えに加え、管制と機上の衝突防止装置から異なる指示が出たときの対応、確認の仕方、訓練の課題が重なりました。

オチュンと一緒に、何が食い違い、どんな備えが必要だったのかを見ていきましょう。旅客機に乗る私たちができることもあります。
出典:航空事故調査報告書 2002-5 本文p.1〜2、160〜162。本記事は、航空・鉄道事故調査委員会が2002年7月12日に公表した報告書をもとにした解説です。以下のページ番号は紙面の本文ページ番号です。
上昇中の907便と巡航中の958便が接近した
907便は羽田から那覇へ向かうジャンボ機でした。管制の指示を受けて高度を上げ、焼津付近で左へ旋回していました。一方、958便は釜山から成田へ向かい、高度約37,000フィート、約11.3kmを巡航していました。
| 飛行機 | 当時の状況 | 搭乗者と被害 |
|---|---|---|
| 907便 ボーイング747-400D JA8904 | 羽田発 那覇行き。左旋回しながら上昇中 | 427人が搭乗。重傷9人、軽傷91人 |
| 958便 DC-10-40 JA8546 | 釜山発 成田行き。高度約37,000フィートを巡航中 | 250人が搭乗。負傷者なし |
15時55分ごろ、2機は焼津付近の海上で異常に接近しました。907便は958便の下方を通過するため、さらに急激な降下を行い、機内で人や物が跳ね上げられました。907便は羽田へ引き返し、958便は成田へ向かいました。
「ニアミス」と聞くと、ぶつからずに済んだ出来事と思うかもしれません。しかし、この事案では多くの方がけがをしており、報告書は航空事故として扱っています。
出典:報告書 本文p.1〜2、6〜10、160。フィートからメートルへの換算は概数です。
衝突防止装置は2機に反対方向の回避を指示していた
ここで、この事故を理解する鍵となる装置を紹介します。
TCAS ティーキャスは、ほかの飛行機との接近を監視し、衝突の危険が高まると操縦士に回避を指示する機上の装置です。今回のように対応する装置を両機が搭載している場合、装置同士がやり取りし、一方を上昇、もう一方を降下させるなど、回避方向を調整します。
まず、近くの機体に注意を促す「TA」という警報があり、さらに危険が迫ると、上昇・降下などの具体的な回避を指示する「RA」が出ます。この記事では、RAを装置の回避指示と呼びます。
このとき、装置の回避指示は、907便に上昇、958便に降下でした。ところが907便には、その直前に管制から降下の指示が出ていました。907便はその管制指示に沿って降下操作を続け、958便も装置の指示に沿って降下しました。

装置が相手にどちらへ動くよう指示しているかを考えると、自分だけが装置と逆の方向へ動けば、相手の回避方向へ近づいてしまう危険があるとわかります。報告書は、この逆操作の危険性に対する認識や教育訓練が不十分だったことを指摘しています。
オチュン出典:報告書 本文p.42〜45、160〜162。装置同士の回避方向の調整に異常はなかったと推定されています。
便名の取り違えから最接近までは1分もなかった
出来事の順番を、重要な場面に絞って並べます。時刻はすべて日本時間です。


15時54分15秒、管制の画面に異常接近の警報が出ました。訓練中の管制官は958便を降下させるつもりでしたが、907便と呼び、907便へ降下を指示しました。
907便は、自分の便名と降下指示を復唱しました。指示を出した側にも、その復唱を聞いて取り違えに気付く機会がありました。しかし、訓練中の管制官と訓練監督者のどちらも、便名の違いに気付きませんでした。
その直後に両機の装置の回避指示が作動し、やがて2機とも降下する状態になります。最接近の直前には、互いを見て回避操作を行いました。907便がさらに急激に降下した際、客室内で負傷者が出ました。
復唱があっても、最初に伝える相手が間違っていれば、その間違った指示が正確に実行されることがある。 この事故は、相手の返答を聞くだけでなく、意図した相手・内容と一致しているかを確かめる必要を示しています。
出典:報告書 本文p.6〜10、86〜88、160。この確認の教訓は、報告書の経過と分析から読み取った解説です。
取り違えを防ぐための備えにも課題があった
なぜ、訓練中の管制官と監督者の2人がいても、誤りを止められなかったのでしょうか。報告書は、言い間違えに至る背景と、間違いを修正できなかった条件まで調べています。
ほかの機体への対応に注意が向いていたこと。 両者は、別の機体への連絡や高度の調整に注意を向ける中で、958便の存在を失念していたとされています。その後、業務の合間に訓練のための解説が行われ、交通状況の再確認も十分に行われませんでした。
警報が、十分な余裕を持って出なかったこと。 管制の異常接近警報は、規定の間隔が失われる3分前に出る想定でした。しかし、当時の仕組みには旋回による経路変化をあらかじめ考慮する機能がなく、この事例では約2分30秒遅れて作動しました。これは「衝突の3分前」という意味ではなく、飛行機同士に確保すべき間隔が失われるまでの時間です。
食い違う指示への対応が、規程や訓練で十分に明確になっていなかったこと。 907便の機長は、管制が空域全体を見て指示していると考え、既に始めた降下を続ける判断をしました。高い高度で再上昇する性能への懸念もありました。報告書は、こうした判断に加え、装置の指示と逆に動く危険性の説明、ほかの乗員からの助言、訓練などの不足を挙げています。
報告書は、管制と装置が逆の指示を出した場合に装置の回避指示へ従うことの明記や、実際の食い違いを想定した訓練を求めました。警報の改良、管制側が機上の回避指示を把握する仕組み、管制官同士や乗員同士の連携も、改善の対象です。
ここから学べるのは、誤りを見つける確認と、迷う場面を想定したルール・訓練を組み合わせることです。機器を備えるだけでなく、その機器がいつ働き、働いたら誰が何をするのかまで決めておく必要があります。
出典:報告書 本文p.160〜162、同p.167〜172、177〜178。ここで述べた改善事項は報告書の勧告等であり、現在の実施状況を示すものではありません。
相手が見えていても動きを正確に読めるとは限らない
今回、両機の乗員は互いの機体を視認していました。それでも、高速で接近する相手との高度差や動きを、目だけで的確に把握するのは難しかったと報告書は分析しています。907便では旋回による機体の傾きも、判断を難しくしました。
907便の機長の口述には、相手はほぼ水平に飛んでいるように見えた、という説明があります。しかし、958便は装置の指示を受けて降下していました。見えていることと、相手の動きを正しくわかっていることの間には、隔たりがあったのです。



最接近距離についても、数字の意味に注意が必要です。報告書の解析による推算平均値は135mで、誤差を伴います。これは両機のTCASアンテナ間を結ぶ斜めの距離で、機体の表面同士の隙間を測った数字ではありません。機長の口述にある「垂直距離10m程度」と、解析結果を混ぜて扱うことはできません。
出典:報告書 本文p.11、107〜111、123〜124。最接近距離の標準偏差は30mとされています。
乗客が今日からできるのは着席中のシートベルト
乗客が管制の指示を確認することはできません。一方で、突然の機体の動揺に備えられることがあります。着席中は、着用サインが消えていてもシートベルトを締めておくことです。
事故当時の907便では、着用サインが消え、機内サービスが始まっていました。急な動揺で、ベルトをしていない人や、緩めていた人の体が浮き、天井や座席などに当たりました。サービス中の客室乗務員にも、カートを片付けたり身を支えたりする時間的な余裕がありませんでした。


報告書が推算した乗客の負傷率は、ベルト非着用者が約52%、着用者が約15%でした。ただし、これは全員の着用状況を確認した単純な集計ではありません。負傷しなかった乗客の一部への聞き取りから人数を推算し、着用状況が不明な負傷者17人を非着用側に含めています。
その前提を踏まえても、報告書は、シートベルトが身体の浮揚を防ぎ、負傷の程度を軽減する効果を示しています。着用していても負傷した人はおり、ベルトが緩いなどの不適切な着用や、ほかの人が落下して当たったことなどが関わったとされています。締めるだけでなく、緩みを残さず着用することまでが備えです。
出典:報告書 本文p.154〜156、162、171〜172。負傷率はこの事故の調査に基づく推算で、あらゆるフライトに共通する確率ではありません。
日常の確認にも相手と内容の突き合わせを
ここからは、事故の経過を日常の仕事へ置き換えた例です。
たとえば、担当者へファイルの差し替えを頼むとき。「差し替えてください」「了解です」だけでは、別のファイルを思い浮かべたまま作業が進むかもしれません。誰が、どのファイルを、どの版に変えるのかを言葉にして、返ってきた内容を照合すると、取り違えを見つけやすくなります。
また、急ぐ作業の途中で警告や矛盾する情報が出たときに、毎回その場で判断するのは負担が大きいものです。作業を止める条件や、判断が食い違ったときの相談先を、普段から決めておくことが役立ちます。想定する場面を一度練習しておけば、文章を読んだだけでは気付かない迷いも見えてきます。



事故調査が目指すのは、原因を明らかにして再発を防ぐことです。この事故からも、言い間違いだけで説明を終えず、誤りに気付く機会や、判断を支える仕組みをどう作るかを考えることができます。
日常例とオチュンのせりふは、理解を助けるための創作です。事故当時の発言ではありません。調査目的は報告書の前文によります。
理解を確かめる3問
問1 両機が降下することになった流れはどれでしょう
A両機の装置が同じ降下指示を出した
この選択肢は不正解です。
正解:B.907便は管制指示による降下操作を続け、958便は装置の降下指示に従った
装置は907便へ上昇、958便へ降下を指示しました。907便が管制の降下指示に従い続けたことで、双方が降下する状態になりました。
報告書 本文p.6〜9、160。
B907便は管制指示による降下操作を続け、958便は装置の降下指示に従った
正解です!
正解:B.907便は管制指示による降下操作を続け、958便は装置の降下指示に従った
装置は907便へ上昇、958便へ降下を指示しました。907便が管制の降下指示に従い続けたことで、双方が降下する状態になりました。
報告書 本文p.6〜9、160。
C両機とも警報を受け取っていなかった
この選択肢は不正解です。
正解:B.907便は管制指示による降下操作を続け、958便は装置の降下指示に従った
装置は907便へ上昇、958便へ降下を指示しました。907便が管制の降下指示に従い続けたことで、双方が降下する状態になりました。
報告書 本文p.6〜9、160。
問2 復唱があっても取り違えを止められなかった理由はどれでしょう
A管制側が意図した便名と、復唱された便名の違いに気付かなかった
正解です!
正解:A.管制側が意図した便名と、復唱された便名の違いに気付かなかった
907便は便名と降下指示を復唱していました。管制側の2人とも、意図した相手との違いに気付かなかったとされています。
報告書 本文p.6、87、160。
B907便が自分の便名を名乗らなかった
この選択肢は不正解です。
正解:A.管制側が意図した便名と、復唱された便名の違いに気付かなかった
907便は便名と降下指示を復唱していました。管制側の2人とも、意図した相手との違いに気付かなかったとされています。
報告書 本文p.6、87、160。
C907便が管制の指示を一度も復唱しなかった
この選択肢は不正解です。
正解:A.管制側が意図した便名と、復唱された便名の違いに気付かなかった
907便は便名と降下指示を復唱していました。管制側の2人とも、意図した相手との違いに気付かなかったとされています。
報告書 本文p.6、87、160。
問3 乗客として今回の事故から学べる備えはどれでしょう
A着用サインが消えたらベルトは必ず外す
この選択肢は不正解です。
正解:C.着席中はサインが消えていても、ベルトを緩みなく着用する
突然の機体の動揺では、気付いてから身を支える時間がないことがあります。報告書はシートベルト常時着用の徹底を求めています。
報告書 本文p.154〜156、171〜172。
B揺れを感じてから締めれば常に間に合う
この選択肢は不正解です。
正解:C.着席中はサインが消えていても、ベルトを緩みなく着用する
突然の機体の動揺では、気付いてから身を支える時間がないことがあります。報告書はシートベルト常時着用の徹底を求めています。
報告書 本文p.154〜156、171〜172。
C着席中はサインが消えていても、ベルトを緩みなく着用する
正解です!
正解:C.着席中はサインが消えていても、ベルトを緩みなく着用する
突然の機体の動揺では、気付いてから身を支える時間がないことがあります。報告書はシートベルト常時着用の徹底を求めています。
報告書 本文p.154〜156、171〜172。
主な資料:航空・鉄道事故調査委員会 航空事故調査報告書 2002-5 日本航空株式会社所属JA8904 同社所属JA8546との接近。図解は同報告書の内容に基づいて独自に作成した模式表現で、公式の図ではありません。





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