A380の後方乱気流の威力 小型ジェットが約2700m高度を失った事故を図解

遠ざかるA380が残した2本の後方乱気流の中で、チャレンジャー604が大きく傾く手書き風のイメージ図。

約300m上を、大きな旅客機が反対向きに通り過ぎる。接触はせず、2機は遠ざかっていく。それでも、その後に小型ジェットが激しく姿勢を崩しました。

2017年1月7日、アラビア海の上空で起きた、チャレンジャー604とエアバスA380の事故です。ドイツの航空事故調査機関BFUの中間報告書は、チャレンジャーが約9,000ft、メートルに直すと約2,700mもの高度を失ったと記しています。

キーワードは、後方乱気流。飛行機が通り過ぎた空には、目に見えない空気の渦が残ることがあります。なぜ、その渦に小型ジェットが巻き込まれたのでしょうか。オチュンと一緒に、図で見ていきましょう。

目次

A380とチャレンジャー604の大きさを比べる

まず、登場する2機の大きさを比べてみましょう。A380は総2階建ての大型旅客機、チャレンジャー604はビジネスジェットです。

A380は、チャレンジャー604より翼の幅が約4.1倍、全長が約3.5倍あります。 翼の幅とは、左右の翼の先端から先端までの長さ。「約80mの翼」と「約20mの翼」の違いを、上から見たイラストで確かめてみましょう。

A380とチャレンジャー604を上から見た手書き風の大きさ比較。寸法比を目安に、大きな4発のA380と小さな双発のチャレンジャー604を並べている。A380の翼幅は79.8m、チャレンジャー604は19.6mで、約4.1倍の差がある。
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図1:同じ縮尺を目安に描いた、2機の大きさの比較。輪郭や細部は簡略化しています。全長は機首から尾まで、翼幅は左右の翼端間の長さです。
比べるところA380チャレンジャー604
全長約72.7m約20.9m
翼の幅約79.8m約19.6m

寸法は小数第1位に丸めて表示。倍率は元の数値(チャレンジャー604の全長20.85m・翼幅19.61m)から計算しています。

チャレンジャーの翼の幅を4つ横に並べると、A380の翼の幅に近くなります。この大きさの違いを頭に置くと、あとで出てくる「大きな機体が残す渦」と「その影響を受ける小さな機体」の関係もつかみやすくなります。

アラビア海で起きた事故の概要

チャレンジャー604は、モルディブのマレから、UAEのアブダビにあるアル・バティーン空港へ向かっていました。一方、A380はドバイからシドニーへの飛行中でした。

項目BFU中間報告書に記載された内容
発生日・場所2017年1月7日、アラビア海上空
姿勢を崩した機体チャレンジャー604、機体記号D-AMSC
チャレンジャーの搭乗者乗客6人・乗員3人の計9人
すれ違った高度A380はFL350、チャレンジャーはFL340。差は1,000ft、約300m
人的被害重傷2人、軽傷3人。死者なし
その後チャレンジャーは操縦を回復し、オマーンのマスカット空港へ着陸

FLは気圧を基準にした飛行高度の表し方です。FL350とFL340は、それぞれ35,000ftと34,000ftに相当する高度の区分を示します。

着陸できたものの、機体への影響は深刻でした。BFU中間報告書によると、メーカーは、姿勢を崩した際に設計上の荷重限界を超え、飛べる状態へ戻せないと判断しています。BFUが調べた際、胴体や翼、尾翼の外側には目に見える損傷がありませんでした。外見だけではわからない、大きな負荷がかかっていたのです。

後方乱気流は翼の働きから生まれる

飛行機の翼は、空気に力を加えて機体を支えています。このとき、翼の上側と下側の圧力の違いなどによって、後ろに回り込む空気の流れが生まれます。流れがまとまると、機体の後方に、互いに逆向きに回る2本の大きな渦ができます。

A380を後ろから見た手書き風図解。4基のエンジンは後部の排気口が見える。翼の後方に互いに逆回転する2本の空気の渦が残り、渦の間では空気が下向きに流れる。眼鏡をかけたオチュンが説明している。
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図2:翼が生む渦の仕組み。説明のために空気を青く描いています。渦の太さ・長さ・位置は縮尺どおりではありません。

船が通ったあとに波が残ることを思い浮かべると、「乗り物が去っても、周囲への影響は残る」と理解しやすいでしょう。ただし、空の後方乱気流は、水面の波とは違う回転する空気の流れです。

ここでいう渦は、エンジンが噴き出す空気とは別の現象です。飛行機が機体を支える力、つまり揚力を生み出すことに伴って発生します。

オチュン

飛行機の姿が遠ざかっても、通ったあとの空気は、すぐ元どおりになるとは限らないんだね。

A380の渦が小型ジェットに与える力

一般に、大きく重い機体ほど、強い後方乱気流を生み出します。 その強さは、飛行中の機体の重さや速度、翼の幅や形によっても変わります。

さらに、影響を受ける側の大きさも大切です。渦の中では、空気が上向きに流れる場所も、下向きに流れる場所もあります。小さな翼の機体が入り込むと、左右の翼に違う力がかかり、機体を横に回そうとする力が、操縦で抑えられる力を上回ることがあります。 FAAは、発生源の機体に比べて翼幅が小さい機体ほど、この回転に対抗しにくいと説明しています。

この事故では、機体の姿勢が大きく乱れ、高度が急激に下がり、機体に回復不能な損傷が出ました。報告書の飛行記録と乗員の説明から、その経過を見ていきましょう。

約300m下をすれ違ってから渦に遭遇するまで

後方乱気流の渦は、その場に固定されているわけではありません。時間がたつと下へ沈み、風によって位置も変わります。EASA(欧州の航空安全機関)は、渦が数分間残ることがあり、その動きは風や大気の状態に強く左右されると説明しています。

BFUの再現資料では、すれ違いから約48秒後にチャレンジャーが渦に遭遇しています。このときA380は、すでに約15海里、約28km離れていました。

2段の手書き風図解。上段はA380がチャレンジャー604の約300m上を反対向きに通過する瞬間。下段は約48秒後、遠ざかったA380が残した下降する渦にチャレンジャーが遭遇する関係を示す。
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図3:上段と下段は別の時刻です。高度差と移動の関係を示す模式図で、機体の大きさ、横方向のずれ、渦の形は正確な再現ではありません。「約28km」は遭遇時の2機の隔たりです。

ここで、時間についてひとつ注意があります。約48秒は「2機がすれ違ってから」の時間で、遭遇した渦が生まれてからの時間ではありません。

時刻(UTC・世界共通の基準時刻)BFUの再現資料に記載された経過
08:37:14ごろA380が、後でチャレンジャーが姿勢を崩す場所の上方を通過
08:38:07ごろ2機が約300mの高度差ですれ違う
08:38:55ごろチャレンジャーが渦に遭遇。A380は約28km離れた位置へ

つまり、チャレンジャーが進んだ先には、A380がさらに前に通った空がありました。空気の動きを、飛行機同士がすれ違った瞬間だけで考えると、この時間差を見落としてしまいます。

オチュン

『いま何km離れているか』に加えて、『この空気を、どの飛行機がいつ通ったか』も大切なんだね。

報告書に記された機体の動きと機内の状況

BFU中間報告書には、飛行データ記録装置(FDR)に残った数値と、操縦士・客室乗務員から聞き取った説明が記載されています。まず、飛行記録による経過を見てみましょう。

時刻(UTC)飛行記録に残った変化
08:38:54機体が小さく右へ傾き始める
08:39:03ごろから右への傾きが急に増え、1秒で42度になる
08:39:07姿勢などを計算する装置のデータが無効となり、自動操縦が解除される
08:39:09〜08:39:41約8,700ft、約2,650mの高度低下が記録される

記録では、32秒の間に約2,650mも高度が下がっていました。 報告書の概要では、高度低下を約9,000ftとまとめています。本記事の見出しにある「約2,700m」は、その概要の数字をメートルに換算して丸めたものです。

一方、聞き取りでは、操縦士は機体が左に複数回回転したと説明しています。客室乗務員は、機首と尾を結ぶ軸のまわりに3回転したと記憶しています。回転回数は、乗員が説明した内容として読み取ります。

このように、機首と尾を結ぶ軸のまわりに機体が横に回る動きが「ロール」です。飛行経路が縦に一周する「ループ」との違いを、図4で整理しておきましょう。

ロールと宙返りの動きの違いを示す手書き風図解。左は機首と尾を結ぶ軸のまわりに機体が回るロール。上段の矢印は、正面から見た機体の時計回りの傾きに合わせている。右は横から見た1機と、縦の円を描くループの飛行経路。オチュンが回転方向と回数を分けて考えるよう促す。
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図4:用語を理解するための比較図です。描かれた姿勢・向き・順序は、この事故の回転方向や回数、飛行経路を再現したものではありません。

客室乗務員の説明では、事故のときは客室の中央に立ってサービスの準備をしており、乗客6人のうち4人も着席していませんでした。機体が回転する間に、人が天井や座席に投げ出され、けが人が出たといいます。客室乗務員は自らも軽傷を負いながら、機内の救急用品で乗客の手当てをしました。

操縦する側も、機体の姿勢を見分ける必要がありました。機長は、空と海面がほぼ同じ青色に見えるなか、雲を手がかりに姿勢を確認したと説明しています。その後、操縦士たちは機体の姿勢を回復させ、マスカット空港に着陸しました。

高度差のルールがあっても渦への注意は必要

「では、約300mの高度差はルール違反だったの?」と気になるかもしれません。

BFU中間報告書によると、当時の該当空域・高度帯では、承認を受けた機体同士に適用される上下の最小間隔は1,000ft(約300m)でした。今回の高度差の数字だけで、間隔のルール違反だったとはいえません。

香港民航處(日本でいう国交省航空局)は、安全広報で、巡航中の間隔確保の仕組みがあっても、渦との遭遇を完全には防げないと説明しています。機体同士の間隔を確保することに加えて、残った渦がどこへ動くかにも注意が必要なのです。

EASAも2017年6月、高高度での後方乱気流に注意を促す安全情報を公表しました。同機関は、他機による強い後方乱気流に遭遇する可能性は非常に低いものの、排除はできないとしています。A380だけを恐れる話ではなく、巡航中も含めて空気の動きを考える話です。

この事故での学び

この事故から覚えておきたいのは、次の2つです。

1.飛行機のあとには、目に見えない「空気の渦」が残る

飛行機は、翼で機体を支える力を生み出すときに、後ろに空気の渦を残します。これが後方乱気流です。船が通ったあとに波が残るように、飛行機の姿が遠くなっても、通り道の空気への影響はしばらく残ることがあります。今回の事故では、A380がすでに約28km離れていたのに、残された渦がチャレンジャーを激しく揺さぶりました。

2.規定の間隔があっても、それだけで万全とは限らない

この事故で2機がすれ違った高度差は約300m。当時、その空域で認められていた上下の最小間隔と同じでした。それでも、A380が残した渦は下へ移動し、チャレンジャーに影響しました。飛行機同士が離れていることと、その間の空気に影響が残っていないことは、同じではないのです。

間隔のルールは、安全を守る大切な土台です。そのうえで、渦が時間とともにどこへ動くのか、どんな大きさの機体がその影響を受けるのかも考える必要があります。この事故は、空の安全を支えるために、目に見えない空気の動きにも注意が必要だと教えてくれます。

乗客としてできる備えは、座っている間はシートベルトを締め、乗員の案内に従うことです。見えない空気の変化を知ると、いつもの案内の意味もわかります。

オチュン

飛行機が遠ざかっても、渦は残ることがあるんだね。決められた間隔に加えて、通ったあとの空気にも目を向けることが大切なんだ。

出典と参考資料

事故の経過・被害・乗員の説明は、以下のBFU中間報告書をもとにしています。機体の寸法と一般的な後方乱気流の仕組み、安全対策には、メーカーや航空当局などの公表資料を使用しています。

事故調査報告書

ドイツBFUが2017年5月に公表した中間報告書BFU17-0024-2Xの第1ページ。事故の発生日、機種、負傷者、報告書番号が記載されている。
資料画像:BFU中間報告書の第1ページ。原文は英語です。

事故の経過や機内の状況は、次のページで確認できます。ページ番号は英語版PDFに対応します。

ページ読めること
p.1〜3事故の概要、搭乗者、傾きの変化、自動操縦の解除、高度低下の飛行記録
p.4〜5操縦士の回転・姿勢回復の説明、客室乗務員の回転回数と機内状況の説明
p.12〜14機体の損傷と負傷者の状況
p.15〜17当時の高度差と、飛行経路を横にずらす手順の説明
p.19〜202機がすれ違い、離れてから渦に遭遇する位置関係

本文の遭遇時刻は付録p.20の08:38:55ごろに合わせています。p.2の記録では08:38:54から小さな姿勢変化が始まっています。p.13〜14には損傷した客室の写真が含まれます。

機体の寸法

後方乱気流の仕組みと安全対策

資料確認日:2026年11月2日。図1〜4は説明用のオリジナル図解です。オチュンは提供されたキャラクター素材をもとに描いています。

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この記事を書いた人

図書館でブログを書く、とある会社の副社長。

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