雪を落としても、離陸を待つ間にまた雪は積もります。そして、雪や氷が影響するのは、目に見える翼だけではありません。エア・フロリダ90便では、翼に加えて計器にも影響を与え、エンジンは計器が示すほどの力を出せていませんでした。 雪の日に「慎重にもう一度確かめる」ことがなぜ大切なのか、事故をたどります。

事故の概要 離陸直後に橋へ
1982年1月13日、米国のワシントン・ナショナル空港。エア・フロリダ90便は、タンパを経由してフロリダ州のフォートローダーデールに向かう予定でした。機体はボーイング737-222。乗客74人と乗員5人が乗っていました。
雪で空港は一時閉鎖され、出発は約1時間45分遅れました。午後4時ごろに離陸した90便は、十分に上昇できず、14番街橋に衝突してポトマック川に墜落しました。機内では74人、橋の上では4人が亡くなり、機内の5人が救助されました。


雪を落としてから約49分
90便は、駐機場所で機体の雪や氷を取り除く処置を受けました。作業が終わったのは午後3時10分ごろ。その後、雪で地面が滑りやすく、機体を押し出す車の交代が必要になりました。滑走路に向かってからも離陸の順番を待ちます。雪は降り続け、処置を終えてから離陸滑走を始めるまでに約49分が過ぎました。
調査では、作業直後に機体から雪や氷が完全に取り除かれていたかは確かめられませんでした。一方、その後の待ち時間に機体に雪が積もったことは確認されています。乗員は翼に付いた雪や氷に気づき、前の飛行機の排気の熱で溶かそうとしました。調査では、このやり方がかえって翼やエンジンの測定管に氷が付く一因になった可能性が指摘されています。
90便が離陸滑走を始めたころ、滑走路に平行な誘導路を反対向きに進んでいた別の旅客機の機長が、操縦室で乗員に「見ろよ、あの飛行機、何かがあんなに付いているぞ」と声をかけました(NTSB報告書の証言から訳)。機長によると、客室の窓より上には、機首から尾部近くまで、雪や氷らしきものがまだらに付いていました。離陸滑走中の90便は、別の機体から見ても雪が目立つ状態だったのです。

オチュン雪が降り続く中、機体の雪の状況をよく確認しないといけなかったね。
翼に付いた雪や氷で、機体が浮きにくくなる
翼は、周りを流れる空気の力で機体を持ち上げます。この上向きの力を揚力(ようりょく)と呼びます。翼の前縁、つまり最初に空気が当たるところに雪や氷が付くと、表面がでこぼこになり、空気が翼に沿って流れにくくなります。
すると、翼が生み出せる揚力が減り、前に進むのを妨げる空気の抵抗が増えます。さらに調査では、この型の737は翼の前縁に少量の雪や氷が付くだけでも、離陸時に機首が上がりすぎる傾向があると指摘されました。機首が大きく上がっても、それだけで上昇できるわけではありません。翼に当たる空気の角度が大きくなりすぎると、流れが翼からはがれ、揚力が大きく落ちます。これが失速(しっそく)です。


氷が計器を狂わせ、エンジンの力が足りなかった
この機体では、エンジンの入口と出口側の空気の圧力を比べた数字を、エンジンが機体を前へ押す力(推力)の目安にしていました。この数字をEPR(エンジン圧力比)と呼びます。
90便では、地上での移動中も離陸時も、エンジンの入口付近を温めて着氷を防ぐ装置が使われていませんでした。調査では、左右のエンジンで入口側の圧力を測る小さな管が雪や氷でふさがり、計器が実際より高い値を示したと判断されました。目標の数字に合わせても、必要な推力は出ていなかったのです。
NTSBは、録音に残ったエンジン音と地上試験などから、実際の推力は両エンジンとも、離陸に設定すべき推力の約74%だったと推定しました。エンジンが止まったわけではなく、力が足りないまま加速していました。


違和感があったまま、離陸を続けた
滑走を始めて間もなく、副操縦士は異常を感じ、繰り返し疑問を口にしました。機長は離陸を中止しませんでした。機体は地面を離れましたが、直後に失速が近いことを知らせる警報が作動。エンジンの力が足りず、翼も本来の働きをできない中で、十分な上昇を続けられませんでした。
NTSBは、エンジンの着氷防止装置を使わなかったこと、翼に雪や氷がある状態で離陸を決めたこと、異常を指摘された滑走の早い段階で離陸を中止しなかったことを事故原因に挙げました。雪の中で長く待ったこと、着氷したときの機体の特性、乗員の冬季運航の経験が限られていたことも影響したとしています。


教訓 時間がたったら、確かめ直す
雪や氷を落とすことと、再び付くのを防ぐことは、役割が違います。 すでに付いた雪や氷を取り除くのが「除氷」。再び付きにくくするのが「防氷」です。地上で使う防氷液の効果は、天候や液の種類などによって変わります。雪が降り続けたり、待ち時間が延びたりしたら、機体の状態を改めて確認し、必要なら処置をやり直します。
一つの数字で決めず、違和感を判断につなげる。 90便のように計器の数字が目標どおりでも、ほかの計器や加速の様子と一致しないことがあります。複数の手がかりを照らし合わせることと、異常を伝えられたら早い段階で中止を判断できるようにしておくことが大切です。
翼などに雪や氷を付けたまま離陸しないという原則は、事故の前からありました。この事故を機に、米国では地上での除氷・防氷の手順や訓練、確認方法の整備が進みました。





雪の日に出発が遅れるのは、飛び立てる状態を確かめるためでもあるんだね。
この事故で亡くなった機内と橋の上の方々を悼みます。雪が降り続く中では、少し前に済ませた確認でも、今の安全を保証しません。飛行機を出す前に立ち止まり、もう一度確かめる。その時間が、次の離陸を守ります。
おさらいクイズ
全5問 | 答えだと思うカードを押すと、正解と解説が開きます。
第1問 90便は離陸直後にどこへ衝突した?
A. 空港のターミナル
正解はB「14番街橋」です。滑走路36から離陸した90便は、14番街橋の北行き車線に衝突し、ポトマック川に墜落しました。
B. 14番街橋
正解です。滑走路36から離陸した90便は、14番街橋の北行き車線に衝突し、ポトマック川に墜落しました。
C. ペンタゴン
正解はB「14番街橋」です。滑走路36から離陸した90便は、14番街橋の北行き車線に衝突し、ポトマック川に墜落しました。
第2問 除氷作業が終わってから離陸滑走まで、約何分かかった?
A. 5分
正解はC「49分」です。約49分の待ち時間にも雪は降り続き、機体に雪が積もりました。
B. 15分
正解はC「49分」です。約49分の待ち時間にも雪は降り続き、機体に雪が積もりました。
C. 49分
正解です。約49分の待ち時間にも雪は降り続き、機体に雪が積もりました。
第3問 翼の前縁に雪や氷が付くと、翼の働きはどう変わる?
A. 空気の流れが乱れ、揚力が減りやすい
正解です。翼に沿って空気が流れにくくなり、機体を持ち上げる力が弱まります。空気の抵抗も増えます。
B. 翼の表面が滑らかになり、揚力が増えやすい
正解はA「空気の流れが乱れ、揚力が減りやすい」です。翼に沿って空気が流れにくくなり、機体を持ち上げる力が弱まります。空気の抵抗も増えます。
C. 揚力は変わらず、空気の抵抗が減る
正解はA「空気の流れが乱れ、揚力が減りやすい」です。翼に沿って空気が流れにくくなり、機体を持ち上げる力が弱まります。空気の抵抗も増えます。
第4問 90便では、計器が目標値を示していても、実際の推力はどうだった?
A. 離陸時の目標の約100%だった
正解はB「離陸時の目標の約74%だった」です。エンジン入口の測定管が雪や氷でふさがり、計器の表示は実際より高く出たと考えられています。
B. 離陸時の目標の約74%だった
正解です。エンジン入口の測定管が雪や氷でふさがり、計器の表示は実際より高く出たと考えられています。
C. 離陸時の目標を超えていた
正解はB「離陸時の目標の約74%だった」です。エンジン入口の測定管が雪や氷でふさがり、計器の表示は実際より高く出たと考えられています。
第5問 除氷のあとも雪が降り続き、待ち時間が延びたら?
A. 除氷を終えているので、そのまま離陸する
正解はC「機体を確かめ直し、必要なら除氷・防氷をやり直す」です。地上で使う防氷液が効く時間には限りがあります。待っている間に雪や氷が付いていないか確かめます。
B. 前の飛行機の排気で雪を溶かしてから離陸する
正解はC「機体を確かめ直し、必要なら除氷・防氷をやり直す」です。地上で使う防氷液が効く時間には限りがあります。待っている間に雪や氷が付いていないか確かめます。
C. 機体を確かめ直し、必要なら除氷・防氷をやり直す
正解です。地上で使う防氷液が効く時間には限りがあります。待っている間に雪や氷が付いていないか確かめます。
主な参考資料
- NTSB 最終事故調査報告書 AAR-82-8(PDF):事故の経過、離陸滑走中の目撃証言(1.1節、本文6ページ)、エンジン試験、翼の着氷、事故原因。
- NTSB エア・フロリダ90便の事故概要:事故日時、機体、犠牲者と生存者。
- FAA ボーイング737-200・N62AFの事故解説:計器の仕組み、事故の経過、事故後の対策。
- FAA 地上での除氷・防氷プログラム(PDF):防氷液の効果が持続する時間と離陸前の確認。
- NTSB 最終報告書 図1(PDF):図1Aの推定経路。
- 米国地質調査所(USGS)・© OpenStreetMap contributors:図1Aの川岸と橋。







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