
初夏の山の森に、「ジュウイチー、ジュウイチー」という鋭い声が響きます。名前を自分で名乗っているような、この鳥がジュウイチです。
声には存在感がありますが、木々に隠れた姿を見つけるのはなかなか大変。そんな森の鳥には、他の鳥の巣に卵を産み、ヒナを育ててもらう「托卵(たくらん)」という特徴があります。
さらに、ジュウイチのヒナは餌をねだるとき、翼の裏にある黄色い皮膚を見せます。その小さな体に備わったしくみから、森で続く命のつながりを見ていきましょう。
ジュウイチは、どんな鳥?
ジュウイチはカッコウの仲間です。日本では夏鳥として北海道から九州に渡来し、主に山地の林で繁殖します。「夏鳥」は、春から夏に日本へ来て繁殖し、秋には渡っていく鳥のことです。
成鳥は背中側が黒っぽい灰色で、胸からお腹にかけて淡いオレンジ色。長めの尾を持ち、体つきは小さなタカを思わせます。成鳥の胸に目立つ斑紋はありませんが、幼鳥には黒い縦の斑紋があり、年齢によって印象が変わります。
食べ物は主に昆虫で、毛虫も好んで食べます。木々の上の方で餌をとる、森の虫食いの鳥でもあるのです。
- 分類
- カッコウ目・カッコウ科
- 学名
- Hierococcyx hyperythrus
- 全長
- 約32cm
- 日本でのくらし
- 山地の林に来る夏鳥
参考:日本野鳥の会 BIRD FAN「ジュウイチ」 / 京都府レッドデータブック2015「ジュウイチ」 / 森林総合研究所 多摩森林科学園「ジュウイチ(7月)」
大きさは、30cm定規より少し長いくらい
全長約32cmと聞いたら、30cm定規より約2cm長いくらいを思い浮かべてください。A4用紙の長い辺は29.7cmなので、その長さを少しはみ出すイメージです。

ここでいう「全長」は、くちばしの先から尾の先までの長さです。枝にとまったときの背丈ではありません。長い尾も含めて約32cm、と捉えると、すらりとした姿を思い描きやすくなります。
この比較で分かるのは、あくまで長さの目安。身近なものを一つ思い浮かべておくと、初めて出会う鳥の大きさにも見当をつけやすくなります。
オチュンのひとこと「30cm定規を思い浮かべると、森で見つけたときの大きさが想像しやすいね!」
他の鳥の巣に、卵を託す
鳥の子育てというと、親が巣をつくり、卵を温め、ヒナへ餌を運ぶ姿が浮かびます。ジュウイチは、自分では巣をつくらず、抱卵やヒナへの給餌もしません。別の種類の鳥の巣に卵を産み、その鳥に育ててもらいます。これが托卵です。
卵を産まれる側の鳥は「宿主(しゅくしゅ)」と呼ばれます。この記事では、「卵を温め、ヒナを育てる側の鳥」と覚えてください。ジュウイチの主な宿主は、オオルリ、コルリ、ルリビタキです。宿主はジュウイチに餌を運ぶために時間や体力を使い、自分の子を失うこともあります。
ジュウイチの卵は、淡い青色や青緑色をしています。托卵する鳥の卵というと、相手の卵にそっくりなものを想像するかもしれません。ところが、ジュウイチの卵はコルリの卵とは多少似ていても、白っぽい地に斑点のあるオオルリやルリビタキの卵とはかなり違います。すべての宿主の卵に、そっくりな卵を産むわけではないのです。
托卵は、卵を産み込めば必ず成功するものでもありません。卵がかえり、ヒナが餌を受け取り、巣立つまでには、いくつもの段階があります。次に、巣の中で起こることを見てみましょう。
巣の中では、何が起こる?
托卵された卵を温めるのは、宿主の親鳥(仮親)です。ジュウイチのヒナがかえったあとも、その親鳥が餌を運びます。巣の中では、宿主自身の子の運命にも関わる出来事が起こります。
ジュウイチのヒナには、宿主の卵やヒナを背中にのせ、巣の外へ押し出す行動があります。こうして巣に残ったヒナは、宿主から餌を受け取って育ちます。押し出された卵やヒナにとっては命に関わり、宿主も自分の子を失うという大きな損失を受けます。

- 産卵:ジュウイチが宿主の巣に卵を産みます。
- 抱卵:宿主の親鳥が卵を温めます。
- 孵化後:ジュウイチのヒナには、宿主の卵やヒナを巣外へ押し出す行動があります。
- 成長:巣に残ったジュウイチのヒナへ、宿主の親鳥が餌を運びます。
この図は、托卵が進む流れをまとめたものです。すべての巣で、この順番どおりに巣立ちまで進むとは限りません。たとえば富士山で報告されたビンズイへの托卵例では、卵が見つかったあとに巣が捕食され、その後を追えなくなりました。ジュウイチにとっても、卵を産むことと、子を巣立たせることは同じではないのです。
参考:森本・田中・上田(2004)「ジュウイチによるビンズイへの托卵例」
宿主への負担と、ジュウイチの繁殖の成否。その両方に目を向けると、托卵が、巣の中の出来事まで含んだ複雑な繁殖のしくみだと分かります。
翼の裏が、「口」のような合図になる
ジュウイチのヒナは、餌をねだるときに本物の口を開き、翼も持ち上げて揺らします。その翼の裏には、鮮やかな黄色い皮膚があります。黄色い羽ではなく、皮膚の色なのがポイントです。

黄色い部分は、ヒナが開けた口のような合図として働きます。2005年の研究では、何も塗らない場合や透明な溶剤を塗る場合と比べ、黄色い部分を黒く隠すと、宿主が餌を与える頻度が下がりました。翼の裏の黄色が、餌を運ばせるうえで役立っていることを示す結果です。
別の観察研究では、ジュウイチを育てるルリビタキ7巣のうち3巣で、親鳥が翼の黄色い部分へ餌を与えようとする行動も、ごく少数ながら記録されています。こうした観察は、黄色い部分がもう一つの口のように受け取られるという考えを支えています。
ヒナは、本物の口と、翼の色や動きを組み合わせて餌をねだります。小さな翼には、育てる側の鳥に届く、目で見える合図が備わっているのです。
参考:Tanaka & Ueda(2005)Science「Horsfield's hawk-cuckoo nestlings simulate multiple gapes for begging」 / Journal of Avian Biology(2005)翼の黄色い部分への給餌行動の報告
托卵を、命のつながりから考える
ジュウイチのヒナが育つ一方で、宿主は時間と体力を使って餌を運び、自分の卵やヒナを失うこともあります。托卵を知るときは、育てる側の鳥が負う大きな負担も忘れずにいたいところです。
私たちは、つい「ずるい」「かわいそう」と感じるかもしれません。その気持ちを持ちながら、子孫を残すしくみとして観察すると、さらに疑問が広がります。ヒナの黄色い皮膚や動きは、成長にどんな効果を持つのか。宿主は何を手がかりに餌を与えるのか。
進化の視点では、こうした形や行動が繁殖にどのように関わるかを考えます。ヒナが意図的に計画している、と決めつける必要はありません。観察や実験を通じて、その働きを一つずつ確かめられます。
ジュウイチ、宿主となる小鳥、餌になる虫、巣を置ける場所。托卵は、たくさんの存在がつながる森の中で成り立っています。鳥を知ることは、その鳥を支える環境を知ることでもあるのです。
参考:バードリサーチ 生態図鑑「ジュウイチ」 / Tanaka & Ueda(2005)Science「Horsfield's hawk-cuckoo nestlings simulate multiple gapes for begging」
「十一」と「慈悲心鳥」。声から生まれた名前
ジュウイチという名前は、雄の声が「ジュウイチー」と聞こえることに由来し、漢字では「十一」と書きます。同じような声を繰り返し、次第にテンポを上げ、最後は「ジュビビビビ……」と続ける鳴き方が特徴です。夜にも鳴きます。
別名は「慈悲心鳥(じひしんちょう)」。声を「慈悲心」と聞き取ったことによる名前です。鳥の声を人の言葉に置き換えて覚えることを「聞きなし」といいます。「十一」と聞く耳もあれば、「慈悲心」と受け取る耳もある。同じ声に、人が言葉や情感を重ねてきたことが伝わります。
その名前は、昔の鳥の図譜にも残っています。国立国会図書館で公開されている、滝沢馬琴編の『禽鏡(きんきょう)』には、ジュウイチを指す「慈悲心鳥」の図があります。1834年の序文を持つこの資料を眺めると、昔の人も森の鳥に目を向け、姿と名前を記録してきたことが伝わります。
「慈悲心鳥」は俳句では夏の季語です。明治の作家・徳冨蘆花も「慈悲心鳥」という作品を発表しました。森の声は、人に季節を感じさせ、文学の名前にもなってきたのです。

こうした文化は、人が鳥をどう受け止めてきたかを示します。名前の響きと生態の両方を知ると、一羽の鳥が少し立体的に見えてきます。
参考:日本野鳥の会 BIRD FAN「ジュウイチ」 / 日本野鳥の会 京都支部「ジュウイチ」 / 日本野鳥の会 埼玉 会報しらこばと 2014年2月号 / 俳人協会・俳句文学館「俳句検索」 / 渋谷区「文化人の碑」徳冨蘆花住居跡 / 国立国会図書館 電子展示「鳥好きの滝沢馬琴」
出会いたいときは、静かに耳をすませて
ジュウイチを知ると、托卵の場面も見たくなるかもしれません。でも、子育て中の鳥は人の接近に敏感です。巣に近づいたり、その前で長く待ったりすると、親鳥の行動を妨げるおそれがあります。
道から静かに、まず声を楽しみましょう。鳥を追わず、巣やヒナに触れず、鳴き声を流して呼び寄せることも控えます。声の聞き比べは、自宅やイヤホンで楽しめます。
ジュウイチが暮らす森には、宿主になる小鳥も、餌になる虫もいます。そのつながりが続くように、鳥たちの日常へそっとお邪魔する気持ちで接したいですね。
オチュンのひとこと「姿が見えなくても、声が聞けたらうれしい出会い。森の暮らしを、そっと見守ろう。」
参考:日本野鳥の会「野鳥撮影マナーブック」 / サントリー「日本の鳥百科」音の再生時のお願い
「ジュウイチー」という一声の向こうには、約32cmの鳥と、小さな宿主、翼の黄色い部分を見せるヒナの暮らしがあります。
いつか初夏の森でその声を聞いたら、少し立ち止まってみてください。木々の奥に広がる命の物語へ、耳をすませてみませんか。
参考資料と図について
野鳥図鑑、研究論文、公的機関・文化団体の資料を参照し、説明と図の構成を本記事用にまとめました。図は理解を助けるイラスト・模式図です。実際の鳥の姿や行動には、成長段階や状況による違いがあります。
古い文献ではジュウイチの学名を Cuculus fugax などと表記しています。本記事の現行名は Hierococcyx hyperythrus です。
- 日本野鳥の会 BIRD FAN「ジュウイチ」全長32cm、山地への渡来、宿主、雄の鳴き声と夜間の発声。
- 京都府レッドデータブック2015「ジュウイチ」国内の分布、外見、木々の上部での採食、毛虫を好むこと。
- 森林総合研究所 多摩森林科学園「ジュウイチ(7月)」成鳥の淡いオレンジ色の胸と、幼鳥に見られる黒い縦の斑紋。
- バードリサーチ 生態図鑑「ジュウイチ」宿主、自ら巣造り・抱卵・給餌をしないこと、ヒナによる宿主の卵・ヒナの巣外排除。
- Tanaka & Ueda(2005)Science「Horsfield's hawk-cuckoo nestlings simulate multiple gapes for begging」翼の裏の黄色い皮膚と餌ねだり。黄色い部分を黒く隠したときの給餌頻度を調べた実験。
- Journal of Avian Biology(2005)翼の黄色い部分への給餌行動の報告宿主が翼の黄色い部分へ餌を与えようとする行動の観察。
- 日本野鳥の会 京都支部「ジュウイチ」声の聞きなしによる『十一』の名前、夏鳥の説明。
- 日本野鳥の会 埼玉 会報しらこばと 2014年2月号紙面3頁。ジュウイチの異名「慈悲心鳥」と、声を「ジヒシン」と聞きなす説明。
- 俳人協会・俳句文学館「俳句検索」『慈悲心鳥』を夏の季語として分類した俳句の掲載。
- 渋谷区「文化人の碑」徳冨蘆花住居跡徳冨蘆花の暮らしと、『慈悲心鳥』を含む作品の発表。
- 日本野鳥の会「野鳥撮影マナーブック」巣に近づかない、鳥を追い回さないなど、繁殖を妨げないための配慮。
- サントリー「日本の鳥百科」音の再生時のお願い屋外で鳴き声を再生せず、音量やイヤホンに配慮すること。
- キヤノン「用紙サイズ・画素数の目安」A4用紙の寸法210×297mm。本文で長さの比較にのみ使用。
- 国立国会図書館 電子展示「鳥好きの滝沢馬琴」滝沢馬琴編『禽鏡』(天保5・1834年序)巻1の「慈悲心鳥」図をジュウイチと説明。
- 森本・田中・上田(2004)「ジュウイチによるビンズイへの托卵例」ビンズイへの托卵例。卵発見後に巣が捕食され、追跡が終了した観察記録。
資料確認日:2026年11月3日。オチュンはユーザー提供キャラクターを参照。手書き風イラストはAIで制作しています。
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